日本縦断ギネスチャレンジ Vol.1 九州ステージ
Last Updated on 2022年2月21日 by NOMURAMotoshi
ライダーの落合です。
ゴールしてからいくらか時間が経ってしまいましたが、投稿いたします。
まずは、RPP日本縦断ギネスチャレンジに参加、協力、声援頂き誠にありがとうございました。
今回のチャレンジで色々な経験をすることができました。
全てを語りつくせないほど、濃厚な136時間半、オンライン会議やゴール後を含めると何時間になるかわからないほど、長期間になりました。
今回はスタートからゴールまでをライダー目線で、いつものようにお届けします。
既に掲載されているシクロワイアード、ファンライド 前編、後編、クルー、ギネスクルーのブログ(ばっきーさん、BECKON)と共にお楽しみください。
DAY1
日本縦断の始まりといえば、佐多岬ホテルです。
BAJ(Bike Across Japan2400)のスタート地点も、佐多岬ホテルでした。
連泊予定をしていたのですが、当初は8月に挑戦する予定でしたが、日程の変更でこの日は休館日と重なり、前日夕方に到着しました。
チェックイン、お風呂、夕食、睡眠という計画で、5時間は寝られる予定でした。
しかし、気分が高揚して眠れず、睡眠時間は3時間程度になりました。
起きてすぐ準備し、ホテルを出ます。
サポートクルーは既に準備をしていました。
九州ステージのサポートクルーは3人(森脇さん、丸田さん、久谷さん)で、サポートカーは2台です。
サポートクルーは九州~近畿までが少人数で、以降は増えてくれます。
サポートカーは中国の一部で1台になりますが、それ以外は常に2台以上います。
私とサポートカーにCloudGPSの機器が合計3台取り付けられました。
ギネスワールドレコーズにはGPSデータも提出が必要なこと、ライダーとクルーの位置情報を共有して、サポートが正確に出来るようにしました。
現地に応援に来て頂いた方からは「正確!」というお言葉をいただきました。
0時20分準備運動がてらホテルを出発します。
気温は確かめていませんが、汗が出てくる程度、夏の夜の虫の鳴き声がするくらいでしたので、暖かい気温でした。
ジャージは真夏から着続けているSUNVOLTのクールメッシュジャージ(ライトブルー)。
そして今回は、Elastic Interface(R)社の高機能プレミアムパッドが導入できました。
某社薄いパッド→スタンダードパッド→プレミアムパッドと乗り継ぎましたので、お尻が守られている感が相当UPしてきました。
そして私のリクエスト「目立つようなパンツ」にも、お応えして頂くことができました。
クールメッシュジャージが隠れてしまいますが、ブラックとイエローのパンツとHI-VIZ ベスト(ネオンイエロー)と組み合わせると鮮やかさが増しました。
ソックスはZEROFITSOCKSです。
最近は馴染みも出てきて、普段履きでも使用しています。
面に見える「ZF」のロゴが、とてもカッコよく見えます。
今回は、雨も多く、5足をローテーションさせながら使用しました。
まさに、長距離を走るために生まれたソックスであることから、クッション性に優れていました。
足裏の疲労軽減に一躍買っているのは、間違いありません。
さて、この気温(何度なのか・・・)が北海道まで続いてくれるなら、安定して走れるかもしれませんが、そうはいきません。
既に北陸辺りからは、天候が崩れるとの予報がでていました。
それまでに、時間の貯金が出来れば余裕出てくるのですが、無理はできません。
私のウルトラロングは、出だしがグロス25㎞/hを超えていると、3日目以降失速する傾向にあります。
感情を露わにするだけでも疲れてきますので、何事にも動揺せず冷静さを保ちつつ、スタート地点へ到着します。
真っ暗な中で佐多岬の看板が、サポートクルー車のライトに照らされていました。
写真を1枚とりSNS投稿します。
スマホも重たいとギネスクルーに渡してしまいます。
私のバックポケットにはCloudGPSの機器とマスクのみ、修理工具もなしです。
ブルべでは考えられないほど軽い!!!
SNS発信をしない私の代わりに、今回初の試み、が始まっていました。
平日夜中1時に、スタート動画が配信されることになりましたが、見る人いるのかなと思いつつ、コメントを残します。
気の利いたコメントを準備するのを忘れていました。
いや、そんなものは準備できないですので普段通りに。
スタート1分前です。
緊張した面持ちですね。
いえ、することがなく、ボーっと時間が過ぎるのを待ちます。
スタート前に、九州ステージのコースはこちら 日本縦断①(佐多岬~関門海峡)
コース説明はありません。
いつもならブルベで登場する片山先生の説明ですが、今回はブルベではありませんのでなしです。
片山先生がこれを閲覧され、説明文が送られてきた追記します(笑)
走行プランは
前半のアップダウンをグロス24㎞/h以下になるように走り、霧島市の山岳に入る100㎞地点では、夜が明けます。
山岳区間は標高300~500m程ですが、絶対に踏まない、いつもより軽いギアを回します。
再び海沿いに出ると交通量が多くなりますが、走行したこともある区間も多いので、余裕をもって走行できるかなと。
九州ステージの最大の難所は320㎞地点、熊本県から福岡県に入る県道6号線、トラックやダンプが多いのに1車線程度しかない荒れた道を通るところです。
RWGPSでは377㎞地点が九州ステージの最大標高地点となっていますが、トンネルに入りますので、そこまでは登らないと思われます。
サポートクルーが動きやすいように九州区間だけは”J1タイム”の場所を決めておきました(J1タイムの説明は後述)。
85km道の駅たるみず、 160kmファミリーマート轟公園入口、 240kmローソン麦島西町、 300km道の駅きくすい、 400km道の駅おおとうです。
そして、夜中1時スタートを選択した理由、447㎞地点の関門海峡を21時に到着します。
関門トンネル人道は通行可能時間が6時~22時です。
447㎞を20時間の走行想定で、前後1時間を省くと、11時~1時スタートになります。
さらに交通量が多い、600㎞~広島市内を翌日の日中に通りたくありませんでしたので、1時を選択しました。
向かい風になった時どうするか、多少体力を削っても「頑張るしかない」と決めていました。
1時を過ぎ、日本縦断ギネスチャレンジがスタート!!!
YouTubeライブには50人を超える視聴者がいたとのことで、注目されていることを実感しました。
コメントありがとうございました!
私はカメラとは外れた方向に、手を振っていました。
一体何に手を振っていたのでしょうか???
佐多岬からはアップダウンの連続、下りは動物が飛び出して来ないかを確認しつつ走行します。
ここで事故、終了は大迷惑な日本縦断ギネスチャレンジになりかねませんので、避けなければなりません。
スタートしてから1時間の平均は23.8㎞。
アップダウンをクリアしていると考えると順調です。
ライトはキャットアイのGVolt70のみ。
遠くから照らされる車のライトが、ブルべとは違うサポート付きのチャレンジを物語っています。
BAJ2400の時は朝方でしたので、地元住民の声援を受けて出発していました。
今は感染症流行時期ですので、応援はYouTubeライブです。
今回の挑戦には4時間~5時間毎に”J1タイム”を設けました。
身辺整理グッズを入れたgrupettoサコッシュを持って、トイレに駆け込むことにしていました。
中身はプロテクトJ1、アグレッシブデザインのトップアスリートサンプロテクトファイター、リップクリーム、目薬、ロキソニンシップ、歯磨き、コンタクトレンズ、眼鏡、ブラックブラックガム、メントス(ブドウ味)です。
スポーツ業界最強の皮膚保護クリームと言われるプロテクトJ1を股摩擦防止のために塗りたくる”J1タイム”は、縦断のようなウルトラロングを走るうえでは必須の作業でした。
5日間、私の使用の仕方もあり、ダメージが全くないとは言いませんが、必須です。
特に今回は雨に長時間降られた際に皮膚がふやけるのを防止してくれ、臭いやべたつきが一切ありませんでした。
サポートクルーとのオンライン会議中に命名された”J1タイム”。
縦断中には”頑張れ世界の森脇”に次いで使用されたパワーワードだったのではないでしょうか。
隣はアスリートに有名なアグレッシブデザインのトップアスリートサンプロテクトファイターです。
SPF50+やPA++++等の性能があり、紫外線対策やコンディションを整えるうえではこちらも必須でした。
汗や皮膚の油でも落ちにくいスウェットプルーフのため、皮膚に紫外線防止成分が留まってくれていますので、塗り直しの頻度が2日に1回だけで日焼けの予防になり、時間の短縮につながりました。
夜が明けると、強くはありませんが、向風を感じるようになりました。
思い通りに貯金が作れず、グロス平均も少しずつ落ちていきました。
まだまだ先は長いので焦りはなかったのですが、少しでも早く走れるように小さくなって下ります。
マイナスな場面が多くなる時は、応援頂けると復活します。
今回の縦断では、本当に多くの応援メッセージをいただきました。
感染症が比較的落ち着いている時期でしたが、お手製のプラカードを持った方も多かったです。
ギネスチャレンジに関わる全員が、感染症対策を理解して参加いただきました。
ありがとうございます!!
九州ステージのトラブルは2つでした。
1つは私のコースミス。
海外から発信されていた根本さんの通過チェックログにしっかり書かれてまして、、、2分ロスしました。
厳しい!いえ、しっかり記録されていてRAAMに活かせます。
RAAMでコースミスすると、ライダーが自転車で引き返してはいけません。
サポートカーに乗って戻らなければならなりません。
「指定していたコンビニ潰れているよ。次の○○にするね」
ここでも感染症流行の影響がありました。
事前準備を怠った結果です。
区間距離は延びますが、影響は少ないです。
ブルべでは指定のコンビニ以外は極力止まらないようにしていますし、どうしても必要になった時も「俺はまだ行ける。次にしよう、やっぱりその次」と心の中で鼓舞して延ばし続けてます。
補給、トイレ、”J1タイム”の身体ケアなければ、もっと長く走り続けたいのですが、身体がそのようにできていません。
鈴鹿8時間耐久エンデューロに参加したときに、「オムツ着けて走っているよ」と話されたことありますが、まだ真似はできません。
コンビニに関しては「指定していたコンビニに間に合いそうにない」というサポートクルーの悲鳴が何回かあったようです。
それはサポートクルー視点ブログで・・・誰か書いてくれるかな?
私は「いなくてもまぁいいか。次行こう」と勝手気ままに思っていました。
夜になると風は弱くなりましたが、段々と都会に向かい、信号も増えてグロスは上がりませんでした。
それでも無事に九州ステージを走り終え、人道トンネルには20時27分の到着です。
447㎞を19時間27分でグロスは23㎞/hでした。
21時までには到着しておきたかったので、まずは目標達成し、九州ステージ終了です。
残り距離:2136㎞
ギネス記録タイムリミット138時間27分